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 起き上がったお陰で先ほどまでは見えなかった顔が、はっきりと見えた。
 シキだ。
 服装や髪型だけではなく、顔かたちも、体格もシキと寸分違わない。
 だが、彼の纏う空気は違った。リンを見詰める瞳の色もまるで違っている。
 俺が分からないのか?
 リンが分からなかったとしても、リンが拾い上げた日本刀のことは分かるだろう。それは、鞘には収められていても歴とした、それも強力な武器だ。
 おかしいだろ。
 リンがその気になれば、彼は一太刀で命を落とす。それなのに、何の感情の揺れも感じられないとはどういうことなのか。
 強靭な精神力を有す者なら分かる。確かにシキもその類だ。だが、それならその覇気が伝わってこなければおかしい。
「お前、本当にシキなのか?



 記憶がなければ、彼に罪はないのだろうか? 過去に彼が犯したことへの報いを受ける必要はないのだろうか?
 そんなハズねえっ!
 シキの記憶があろうとなかろうと、リンの仲間たちが彼に殺された事実は変わらない。リンが恨み憎んできたのは、彼だ。
「!」
 リンは、衝動のままにタオルを投げ捨てて、両手をシキの両肩へと伸ばした。驚いたようにシキが動くが、リンは易々と目的を達成する。
 遅いんだよ。
 遅いだけではなかった。リンとシキの体格差は著しい。彼が本気で突き放そうとすれば、リンなど簡単に投げ飛ばせるはずだ。それなのに、驚いているシキの唇にキスができてしまう。貪るように何度も角度を変え、動かない彼の舌を自分の舌で絡め取ってしまえる。
「……っ」
 キスを続けながら体重を掛けると、あっさりとシキの身体がベッドの上に倒れた。
 シキはリンの上腕を掴みはしているものの、それはやめさせようとしているというより添えられているだけだ。止めたいという意志は感じられない。どうすべきかを思い付けていないように思える。
 お前が悪い。
 嫌ならば拒絶すれば良いのだ。はっきりした態度を示さない彼が悪い。
 だいたい――――ここで俺がお前の胸を突いたって、お前は文句が言えないはずだ。
 やり返してやる!
 リンは唇を離すと、真上からシキの顔を覗き込んだ。



 リンを映して動かない紅い瞳、じっとりと汗が滲んでいるのが分かる、ほんのりと上気した肌、そして薄い唇から漏れる明らかに熱い息。
「あ」
 身体の奧がズクンと疼いた。自分の漏らした吐息を聞いて驚く。
 何で?
 シキに抱かれたことは何度もある。その度に胸に憎悪を刻み、この屈辱を忘れるものかと恨みを募らせてきた。彼とのセックスは望んでするものではなかったはずだ。
 なのに――――。
 身体の奧が疼いて仕方ない。
 リンは、思わずシキに向かって腕を差し伸べていた。指先が彼の肩に届くと、躊躇わず自分の方へと引き寄せる。重力の力も借りて――――いや、シキの意志が加わっているのだろう。勢いを感じさせない緩やかさで、シキの身体が重なってくる。
 熱い……。
 じっとりと濡れた肌がひどく熱かった。他人の汗など触れるのも気持ち悪いはずが、今はとても心地好いものに感じられる。直接伝わってくる鼓動が速いリズムを刻んでいる。聞いている内に、リンの鼓動まで引きずられ走り出した。
「挿れて……良いよ」
 短い言葉もスムーズに言えないくらい、息が乱れている。熱いと感じているのも、シキの熱のせいだけではないのかもしれない。
 シキの視線が下肢へと向かった。彼が何を見ようとしたのか分かる。二人の身体は重なっているから、恐らく彼の見ようとしたものは視界には入らなかったはずだ。
「……そう。挿れて……良いよ」
「――――」
 シキの紅い瞳が、見入られたようにリンの顔を映している。リンは瞬きすらしない、その瞳を見詰めたまま、両腕で彼の頭を抱えるように自分の方に近付けた。
To be continued