羊はたいそう満足げだ。スプーンで一口頬張っては、蕩けそうな笑顔を浮かべて動きを止める。
 その一回一回に錫也は目を奪われ、魂まで吸い寄せられる。
「!」
 思うだけでなく、本当に手を伸ばしそうになった自分に、錫也はドキリとした。
 何やってるんだ、俺。
 手の行き先を無理やり方向転換して。量の減った羊のティーカップに紅茶を注ぎ足す。そして、大分冷めてしまったクロック・マダムを食べることに意識を傾けた。おいしくできたつもりだったが、正直味がよく分からない。



「俺が怖い?」
 羊が口に出せずにいることを、代わりに口にしてやると、まるで金縛りが解けたように羊が後ろ手を突いて身を引いた。ほぼ同時に、錫也も前に手を突いてぐいと彼の方に身体を寄せる。
「!」
 大きく見開かれた瞳が、瞬きもできずに錫也を凝視した。じっと見詰め返しながら、ゆっくりと手を伸ばす。逃げようとする手の甲に掌を重ねると、白い喉がヒクと動いた。
「――――怖、い」
「どうして?」
「錫也は、僕に何かしようとしてる」



「なかったことに……しちゃうの?」
「――――え?」
 羊の思考パターンや行動パターンは把握した、と思っていたのに、今日一日で数え切れないくらい聞き返してしまった。
「あの、な、羊。ちょっと待ってくれ。その発言だと、お前が俺と付き合いたいって言っているように聞こえるんだけど……」
 心なしか羊の頬に赤みが差したような気がして、錫也は我が目を疑った。
「羊――――もしかして」
『俺のこと好き?』
 そんな馬鹿な質問をしてしまいそうになるくらい、胸が高鳴る。身体を突き動かさんばかりの衝動を、必死で堪える。
 こいつは日本語が第一言語じゃない。きっと、何か間違って――――。
「いや、気にしないでくれ」
 漏らした途端、羊の顔が歪んで、腕を引く力が強くなった。
「何を気にしなければ良いの? 僕は君と付き合っているんだと思っていたんだけど。錫也は僕とはもう付き合ってくれる気がなくなったってことなの?」
To be continued