来栖翔は、薄目を開いて窓を見やった。 カーテンの向こう側が輝いて見える。翔が眠っていたベッドも、ふんわりと温まり、太陽の香りだ。 もう少し眠っていたい気がするが、部屋の反対側でごそごそと誰かが動く音がした。 何やってるんだ? 起きるか。 翔はベッドの上でうーんと伸びをして、ひょいと起き上がった。 「れ?」 勿論、ごそごそとしていたのは、那月だった。だが、予想していなかったことに、彼はとっくにパジャマを脱ぎ捨て、着替えを済ませてしまっている……どころか、既に上着まで羽織っていて、今にも出掛けられそうな格好だ。 「おはよ、那月。今日は早いな。どっか出掛けんのか?」 「あ、翔ちゃん。おはようございます。ええ! 今日は翔ちゃんと遊園地だと思うと、僕嬉しくって、ものすごぉく早起きしちゃいました」 「へ? 遊園地?」 これまた予想していなかった返事に、翔は目を丸くする。 「俺と?」 「那月。何でも良い、知ってる名前言え。モカ! モカ! うわあああっ!」 「外れみたいですねっ」 思い付いたコーヒーの名前を叫んでみると、那月がハンドルを回した時のようにコーヒーカップがクルクル回転する。幸い持続せずすぐに元に戻ったが、停まる様子は全くない。 コーヒー、コーヒー。 懸命に考えるが、あまりにもぐるぐる回されているせいで、ろくに頭が回らない。 「もっかい、読めるか?」 「何をですか?」 「さっきのカード! ヒントだろっ、それ」 「ああ、はい。全部を繋げると、コロンビアのアンデス山脈の高地で取れる最高級の珈琲豆だそうですよ?」 「……」 最高級? 珈琲豆? 「分かった! ブルーマウンテン!」 「ブブー! 外れっ」 那月がにこやかに言い放ち、またもやカップがクルクルと回る。 「うわあああっ。じゃ、あれだ! アールグレッ」 「やだなあ、翔ちゃん。それは紅茶ですよ」 「うわああああああっ!」 「海が見えたりするのかな」 「ああ、そうかもな」 「ん〜、でも、ちょっと残念。黒い雲が懸かっていて、遠くの方が霞んじゃってます。海は見えないかもしれませんねぇ」 「そうか」 「じゃあ、反対側は……」 那月がパッと振り返って、反対側の窓へと移動した。途端に、ゴンドラが大きく揺れる。 「うわああああっ!」 「わあっ! ……突然どうしたんですか、翔ちゃん」 「どうしたっていうか、突然はお前だろっ。急に移動すんなっ。驚くだろ」 「こんな狭いところで突然大声を出される方が驚きます」 「……悪ぃ」 那月の言うことの方がまともなんて――――。相当ヤバイぞ、俺。 何分経った? あとどれくらいだ? ゴンドラの位置を確認するが、先ほど確認した時からまだそれほど経っていない。 まだ登り切ってねぇぞ。四分の一はちょっと越えたか? てか、早く揺れんの治まれ! 近い! 互いにぎゅっと抱き合って、雷をやり過ごす。 「翔ちゃん……」 「大丈夫だ。きっともうすぐ止むから」 「翔ちゃん」 くそ、まだなのかよ。 「またっ」 「うわっ」 目も眩む稲光、そして鼓膜が破れそうなほどの雷鳴。 身を竦めた瞬間、すがるように背中に回されていた那月の腕に、力強く抱き寄せられた。 「……え?」 思わず顔を上げた翔は、力強い眼差しを見付けて、はっと息を飲む。同時に、ほっとして彼に抱き付いた。 「砂月……」 大きな掌が翔の頭をがっしりと掴む。 「チビにしては頑張ったじゃないか」 「お前、出て来んの遅い……」 |