「お帰りなさぁ〜い」 「ああ、ただいま」 まずは、バレンタイン・デー一つ目のイベント、那月とのチョコレート交換会だ。那月は自分の前に、真っ黄色の包装紙に蛍光ピンクのリボンを幾重にも掛けた、派手で可愛い小箱を置いている。翔も慌てて自分の机の引き出しから、那月用のチョコレートを出してきて、テーブルの上に置いた。 翔が用意したのは、光沢のある真っ白な包装紙に黄色のリボンを掛けた小箱だ。 「わあっ! 翔ちゃんのはどんなチョコレートが出てくるんでしょう。楽しみですぅ」 「待たせちまったか?」 「いいえ、全然! 翔ちゃんがどんな顔してくれるのかなぁって考えるのが楽しくって、もっと待ってても構わないくらいでした」 「そりゃ、ねーだろ」 翔は、苦笑しながら自分の椅子に座る。 「いつもありがとな」 「ありがとうございます。僕からのプレゼント、受け取ってくださいね」 「おう。サンキュ」 互いの準備したチョコレートを差し出して、差し出されたチョコレートを受け取る。那月はとても嬉しそうだが、勿論、翔も那月の気持ちは嬉しいが、正直、那月の手作りチョコレートに怯えている。 「開けてみても良いですか?」 「ああ。俺も開けるぜ?」 「どうぞ」 那月が、リボンをほどき始めるのを見ながら、翔も自分の箱のリボンをほどき始める。 那月の指が、包装紙を開いていく。箱のふたをそうっと持ち上げる。一つ一つの動作が期待と緊張でドキドキする。プレゼントを贈った時の醍醐味だ。 「うわぁ!」 箱の中を覗き込んだ那月が、歓声を上げた。 やった! 翔が、那月に贈ったのは、那月が愛してやまないマスコットのピヨちゃんの形をしたチョコレートだ。ホワイトチョコレートをピヨちゃん型で固めて、カラフルなミルクチョコレートで顔を描いただけの、手作りと言うにはおこがましい品だが、那月を喜ばせるという点では最良のものだと自負している。 で、俺のだが。 翔は、リボンをほどいたところで止まっている、自分の箱へと視線を戻した。那月の期待に満ちた視線が痛い。 大丈夫。初めからとんでもないものが出てくるって思っていれば、那月をごまかすくらい……くらい……くらい? 自分に言い聞かせながら、包装紙を開け、ふたを開いたところで、翔は絶句した。 何だ……これ? それは、とてもチョコレートには見えなかった。色さえチョコレートではない。それどころか、菓子――――食べ物の色でさえなかった。 「ハッピー・バレンタイン。これ、お前の分」 「俺の?」 砂月の反応は、翔が期待していたものと随分違っていた。まるで自分がもらえるとは思っていなかったような表情をしていて、翔は唇を尖らせる。 「何、驚いた顔してるんだよ。那月にあって、お前にないわけねーだろ?」 「……」 「その……分かってると思うけど、俺の本命はお前なんだからな。那月のは友チョコなんだからな?」 心持ち眉根を寄せたまま動かない砂月に更に箱を押し出すと、ようやく彼らしからぬ緩慢さで手が伸びた。 「開けてみろよ」 「ああ」 調子狂っちまうぜ。 翔は、てっきり砂月は、翔の差し出したチョコレートを当然とばかりに受け取ると思っていた。翔が促さずとも、大胆に包装紙を破いて箱を開けて、嫌味の一つや二つ言われていても良い頃だ。それなのに、現実の彼は初めて見る慎重さで箱を手に取り、丁寧に包装をほどいている。 もうすぐ、翔が作ったチョコレートが現れる。その時、砂月はどんな表情をするだろう。 那月を見守っていた時とは段違いの緊張と期待とが膨らみ、胸が苦しい。 砂月の指がふたを持ち上げた。 「俺のも――――作ったのか」 「そりゃ、まあ」 もしかして、砂月は自分の分も那月のと同じピヨちゃんチョコレートが出てくると思っていたのだろうか。 そんなことあるわけねーのに。 元々、砂月に手作りのチョコレートをプレゼントしようと思ったのだ。砂月用のチョコレートを那月にも渡すことはあっても、逆はない。 「まさか、お前もピヨちゃんチョコが良かったとか」 砂月の反応が鈍いせいで、どうも調子が狂う。砂月のことだから、元から手放しで喜んでくれるとは思っていないが、喜んでくれているかどうか確信が持てなくて落ち着かない。 気に入らないの……か? 翔が砂月のために用意したトリュフは、ビターに仕上げてある。砂月と那月の好みが違うことを知っていてのことだが、元来一つであった魂は思ってもいないところで同じ性質を示す。砂月のチョコレートの好みが那月と一緒だったところで不思議はない。 翔が恐る恐る尋ねると、砂月の胃抜くような瞳に出会った。 「本気で言っているのか?」 「いや、まさかと思って」 「当たり前だ」 怒った様子の、だがいつもより迫力のない砂月を見て、翔はようやく彼が照れているのでないかということに思い当たった。 翔は思わず頬を弛めながら、テーブルに頬杖を突いて、足をゆっくりと揺らす。 「手作りだけど、まずくはねーと思う、ぞ?」 「だろうな」 砂月の長い指が、トリュフを一つ摘まんで唇に運んでいく。 チョコレートは手作りと言っても、市販品を溶かして混ぜて固めただけだ。那月ほど盛大に余計なものを入れなければ、味が破壊されることはない。それなのに、砂月がどんな感想を抱くのか緊張する。 「どうだ?」 「甘い」 「そりゃ、チョコだからな」 あんまりな回答に、翔は脱力した。 もっとビターにすれば良かったのか? つーか、手作りだぞ? 恋人からの本命チョコだぞ? もっと他に言い方あるだろ。 不満を盛大にアピールすべく、頬を膨らませて勢いよく背を椅子に預けたら、思ったよりも大きく椅子が鳴った。 耳障りだったのか、砂月が鋭い視線を向けてくるが、これは砂月のせいだろうと、気にしない。元々そのためのアピールだ。 砂月がわずかばかり瞳をすがめて、翔は小首を傾げた。 あ……れ? 怒って、ねー? 「チョコじゃない。お前だ」 「へ?」 浮いていた椅子の足が床に突いて、再びカタンと鳴った。同じ響きが前からもして、はっと思った時には砂月がテーブルに手を突き身を乗り出している。 「甘くて目眩がする」 「えっと、それは……」 淡いグリーンの瞳がまっすぐに翔を見詰めていて、翔はうろたえた。 |