「あ……」 「慣れてきたな。良い声で鳴くようになった」 首筋に熱い息を感じる。直後にきつく吸われて、来栖翔は小さく喘いだ。 あり得ねぇ。 見慣れた自室だ。目の端に映る家具も内装もいつものもので、だがとても現実とは思えないことに、四ノ宮砂月に組み敷かれている。 首筋に口付けをされて、身体が悦びに震え、熱くなることがあるなど、思いもしなかった。 「おっはようございまーす。翔ちゃんがお寝坊なんて珍しいですね」 「!」 はっと目を開くと、意識を失う寸前まで頭に焼き付いていた顔が真ん前にあって、翔は心臓が壊れそうなくらいに驚いた。 違う、これは那月だ。 砂月と同一人物……とは言えるのかもしれないが、昨日翔を蹂躙した人格とは別のいつもの那月だ。小さくて可愛いものが大好きで、彼の中ではその範疇に収まっている翔を、目の中に入れても痛くないくらいに可愛がっている。 ほっと身体の力を抜く翔に、那月が不思議そうに小首を傾げた。 「どうかしました? 顔色が悪いように見えます。風邪でも引きました?」 那月が、翔の顔を覗き込もうと身を屈める。彼の陰が自分の上に落ちる、それだけで身が竦みそうになるのを、翔は何とか押し殺した。 「変な夢見てた。突然目が覚めたから、ちょっと驚いて――――」 「そうですか。怖い夢でしたか? 僕、良いタイミングで起こしましたね」 「ん? ああ、サンキューな」 本当に夢だったら良かったのに。 昨夜のことは、とても現実に起こったとは思えない。夢だったと思いたいが、下肢の深い部分が熱を帯びていて、呼吸をする度にズキズキと鈍い痛みを覚える。翔が砂月に抱かれたのは、現実のことだ。 俺、途中で――――。 翔は、はっとなって、自分の胸を押さえた。 あわや発作かと思う状態になったのは、どれくらい前の話だったのか。今は心臓は正常なリズムを刻んでいて、呼吸は乱れていないし、息苦しさもない。 良かった。昨日のは発作じゃなかった……よな? 「もしもーし、なっちゃ〜ん! 聞こえてますかぁ?」 那月が自分の胸の辺りを覗き込んで、もう一人の自分に向かい話し掛けている。信じられないことに、彼は決してふざけているわけではない。大真面目だ。 「電話じゃねぇし……。大体なっちゃんはお前だろ」 「でも、もう一人の僕も僕なんですよね。何て呼べば……」 あ、そうか。 本人が名乗ったので、那月を除いた近しい者は皆知っているが、那月は今までその存在すら知らずにきた。 「『砂月』だ」 「え?」 「あ、砂月でどうだ? 那月と砂月って、響きも似てるし兄弟みたいだろ」 「砂月……」 那月が何度か名前を繰り返した後、嬉しそうに頬を綻ばせる。 「ええ! すっごく良い名前ですね。何だかとってもしっくりきます」 |