物心付いた時から好きだった人を、誰よりも憧れていた人を、そう簡単に心から追い出せるだろうか。 追い出したかった。手酷い裏切りを許せなかった。憎かった。でも―――― 続けて浮かびそうになったフレーズを、リンは強く打ち消そうとして考える。 今更、自分の想いを打ち消すことに、何の意味があるだろうか。 先ほど彼をこの手に掛けた。討てないかもしれないと思っていた仲間の敵は取った。リン自身も深手を負い、彼らを失った罪に苛まれて過ごす時間は、まもなく終わる。 もう――――良いよな。 刀に確かな手応えを感じた時、喜びと同時に動揺が走った。驚いた。その時は何による動揺なのか分からなかったが、今なら分かる。 リンの中には、あんな手酷い裏切りに遭っても、彼が俺のことなんてちっとも歯牙にも掛けていないと思い知らされても、それでも尚、打ち消すことのできなかった想いがあったのだ。ずっとずっと胸の奥に封じ込めて、自分ですら気付いていなかった想いが。 夢、だろうか。 身体の熱さと怠さは健在だし、頭もまだぼんやりとしている。思考もどこかおかしい。 だからだろうか。 リンは、瞳が映し出した人物をじっと見詰めた。 シキ――――。 あり得ないことだ。殺したはずの男が、リンを片腕で抱きかかえ、ミネラルウォーターのペットボトルを手にして見下ろしている。 彼が生きて前にいることもおかしければ、リンを介抱しているとしか見えないこの状況は、もっとおかしい。 シキは血の繋がったリンは勿論、他人のことにまるで無関心だった。気に入らないものを斬り捨てることならあるかもしれないが、助けようなどとは欠片も思わない。 夢なんだろう。 夢だから、色々なものがあり得ない。夢なのに――――いや、夢だからか、彼が生きてここにいるという事実に、胸に喜びが押し寄せてきて、目頭が熱くなる。 「兄……貴」 今水を飲んだばかりなのに、声が驚くほど涸れていた。 「兄貴――――」 胸に溢れた感情のままに、リンは彼に腕を差し伸べる。夢のせいなのか、腕はやたら重くて、かなりの労力が必要だった。ようやく彼の頬に辿り着いて、指先でそっと撫でる。 冷たい。 ひんやりとした頬を感じて、胸が締め付けられた。 当たり前だよな。死んでるんだから。 夢ならば、彼の死を思い出させて欲しくなかった。生きていたのだと信じさせて欲しかった。 でも、夢と分かっていても――――、それでも。 「良か……った」 |