キリがない。
 致命傷か少なくとも失神させられるだけのダメージを与えなければ、彼らは何度でも立ち上がる。
 リンは左右の手で鋭く光る自らの得物を見やる。
『生半可なことをするな』
「くっ」
 頭の奥で耳慣れた声が響いた。
『手加減など、絶対的な実力差がある時にするものだ』
 そんな……。
 赤い瞳が嘲笑する。
 つもりじゃねー!
 強くなるには、訓練を受けているだけでは駄目だと思った。
 兄であるシキに言わせれば、戦いの内に入らないだろうが、突然戦いに放り込まれ、気心の知れた者たちを亡くし、自らの命の危険に晒され、そして分かった。
 敵は同数とは限らず、武器に適不適があり、思いもしない要素が思わぬことに影響する。下手を打てば一瞬で優位が引っ繰り返る。ミスは二度と取り戻せない。戦いとはシビアなものなのだと。
 見えるもの、聞こえるもの、感じるものから一つでも多くの情報を取り込み、リンクさせ、組み立てる。実践を重ねなければ、その正確さもスピードも培われない。実践でなければそれらを正常に機能させるだけの精神力も、理屈では説明できない勘も、それらを生かしきる柔軟な動きも養われない。
 シキが腕を磨いたように、外の世界に行けば少しでも差が詰められるのではないかと思った。
 だが、現実は思うようにはならなかった。
 知識通り、街は荒れ暴力が横行していたが、個々のレベルは低かった。身体の大きさや力に頼るばかりで、簡単に動きが読めるような者の相手をしているくらいなら、軍施設で訓練を積んでいる方がよっぽど実になる。
 そのくせ、数だけはたくさんいて、相手をするのは骨が折れた。そんな雑魚の集団を相手に、何度も危機に陥り命を危険に晒した。
 リンが勝てるはずの戦いで遅れを取るのは、相手の数の所為だけではない。思うように実力を発揮できないからだ。
 リンは家を出る時幾らか金品を持ち出していたが、そのほとんどは食料を調達してくれると言った者や困った現状を吐露して同情を引いた者たちの手に渡り、あっという間に手元から消えた。
 今は、それらの経験が何だったのか、流石にもう分かっている。リンは面白いほどあっさりと騙されたのだ。
 ろくに食べ物を口にできず、安心して眠れる場所も探せない。こんな状態では、身体は弱るばかりだ。元々小柄な身体が痩せ細り、ふっくらとしていた頬も削げてシャープな線を描いている。
 ここにいる限り、事態が好転するとは思えない。かといって、どうすれば良いのかも思い付けず、目的を果たせないまま帰るという選択肢もない。
 兄貴は……。
 頻繁に一人で出掛けるようになり、いつの間にか家にいる方が珍しくなったシキ。彼は、外の世界で一体何をしていたのか。彼が出掛けた先はこんな街ではなかったのか。
 兄貴だったら……。
 脳裏に鮮やかな赤が広がった。
To be continued