「ちょうだい、俺にそれ、必要だから……」
「……リン」
 アキラがタグを握り直すのを見て、リンは目を細めた。
「……くれないなら……」
 するりとウエストバッグに手を滑り込ませる。手に馴染んだ硬いものが二つ触れる。それらを引き抜いて、しっかりと両手で握る。
 アキラは瞳を見開いたと思うと、突然起き上がって後ずさった。
 彼には、トシマに生きる者として必要な能力が備わっている。例え、仲間だと信じる者が相手であっても、危険を感じ取れば反応し、そして少しでも生き残る可能性がある行動を採る。
 どくんと大きく心臓が拍って、冷たかった身体が今度は逆に熱を持った。
 つい先ほど力なく腕の中にいた存在が、今や神経を研ぎ澄ませ武器を手に身構えている。
 ゾクゾクする。
「……くれないなら、殺すよ?」
 キン。リンが顔の前で細身の短剣――――スティレットを交差させると、澄んだ高い音を立てた。



「俺――――」
 今まで反応しなかったアキラが、急にリンの肩を掴んで引き寄せた。リンは再び彼の手を振り払うことができない。先程すがりたいと感じた胸の中に収まって、明らかに安堵している。そして同時に、自分が心底恐ろしくなる。
「俺、アキラにこうされるとほっとするみたいだ」
「……」
 アキラのジャケットをきつく握り締めると、アキラが力強く抱き返してくれた。それはリンの期待を裏切らない行動で、泣きたくなる。
「多分、今だからじゃない。俺、いつのまにかお前のこと本気で気に入って――――」
「リン」
「俺、怖い」
 ぶるりと肩を震わせると、掌が穏やかなリズムで背中を撫でてくれる。
「アキラのこと大切だって思ってるのに、それなのに、あの時は本気で殺すつもりだった。多分アキラが俺を切らなかったら、本当に殺してた」
 アキラの両腕を掴んで、顔を上げる。
 同情の余地ない酷い告白をしておきながら、否定されることを恐れている。ただ受け入れてくれると言って欲しくて、同じだけ断られるかもしれないことが怖い。



 遠ざけようとしていたアキラの腕が、リンを引き寄せる。目の前に近付いてきたのは唇で、目尻に盛り上がった透明の粒を吸い取ると、唇に先ほどと同じキスをくれる。何度も啄ばむようなキスをしながら、リンの頭を抱えるようにして繰り返し髪を梳く。
 離れていく唇を無意識に追い掛けても、戻ってくるキスの軽さは変わらない。唇が触れてから離れるまでの僅かな時間に急いで舌先で彼の唇を舐めると、アキラはぴたりと動きを止め、とても緩慢に舌を差し出してぎこちなくリンに唇の輪郭を辿った。
「……」
 思わず瞳を開いてまじまじと彼の顔を見詰めると、アキラが戸惑ったように見詰め返してくる。
「アキラ、あのさ。……童貞ってことないよな」
「――――」
 答えないアキラに、リンは僅かばかり目を見開いて、パチパチと瞬きをした後にっと笑った。
「良いのかよ、俺なんかがアキラのもらっても」
「俺は……」
 アキラは口ごもったが、すぐに顔を上げてまっすぐにリンを見た。
「お前は『なんか』じゃない」
「……」
 ストレートで淀みのない言葉に、今度はリンの方が反応に困ってしまった。動悸が速くなり体温が上昇する。頬の火照り具合から、顔が赤くなっているのが分かった。
「からかい甲斐ないの。……参ったな。そんな反応されると俺、ますます本気になっちゃうよ」
「……」
「好きにしてくれて良いよ。アキラの思うようにしてくれていい。心配しないで。酷くされたって平気。俺、慣れてるからさ」
To be continued