キスの意味も知らなかった。 当たり前だ。兄であるシキに初めて唇を奪われた時、リンはまだ七歳になったかならなかったかの頃で、母親が額や頬にくれるキスと同じ、愛情表現の一つとしか受け取っていなかった。 兄と紹介されたシキは歳が離れていた上に、整った顔立ちにシャープに切れ上がった眦、笑顔の一つも浮かべない白い顔、ほとんど口を開かない上に低く淡々とした口調と、近寄り難い雰囲気があった。兄という関係に無条件で親しみを覚えていたお陰で随分付き纏ったが、スキンシップと思える触れ合いは、頭を撫でる程度もなかったので、正直跳び上がるほど嬉しかったことを覚えている。 シキとのキスは、初めから濃密なものだった。息が出来なくて頭の芯がクラクラとしてきて、それでも止まない濃厚なキスだ。正直見知らぬ感覚が怖かったが、逃げ出そうと時々もがくリンの小さな身体をしっかりと抱き締めてくれていた腕の力に、密着した胸の確かさと温もりに、ほっともした。怖かったドキドキが胸の高鳴りにも感じられて、母親がくれる軽いキスとの違いに特別なものを感じた。 抱き締めてくれてた……って、逃がさないよう捕まえてたのかもしんないけど。 リンは熱い息を吐きながら、息遣いだけでクスリと笑う。 幾度もキスを繰り返す内にシキのキスに慣れ、気付けば膝の上に座らされたりソファーに横たえられたりして、身体をいじられるようになった。 スキンシップが深まっていくのは、リンにとっては喜びだった。触れられる内に徐々に身体がおかしくなっていくのを感じていたが、シキの腕の中なら怖くなかった。 でも、指を入れられた時はかなり痛かったっけ。 流石のシキも到底無理だと感じたのか、その日は指だけでやめてくれた。多分根元までも納めてなかっただろう。普段のシキを思うと、リンの状態などお構いなく己を進めかねないとも思うので、少し不思議だ。 とはいえ、他人に身体の内側をこじ開けられたダメージは酷く、痛みと異物感が翌日まで続いた。勿論それを不快なものと認識したにもかかわらず、数日とおかず同じことをされたリンは、まるで刷り込みをされた鳥の雛のように、大人しくじっとしていた。兄であるシキのすることに間違いはないと思い込んでいたのである。 幾度も繰り返される内に、ゆっくりと、だが着実にリンの身体は拓かれた。 今思うと笑えるな。兄貴があんなに辛抱強かったなんて。 シキはあまり複雑な性格をしていないと思う。その方向性の過激ささえ忘れてしまえば、自分にとても素直だ。欲しいと思えば欲しいし、嫌なものは嫌。はっきりしている。 もし、シキがリンを欲して触れてきていたのであれば、キスされた日にはもう身体を奪われえていたのではないかと思う。シキは、リンが泣こうが喚こうが、身体に酷いダメージを与えようが、一向に気にしなかったろう。 そうしなかったのは、興味、だったのだろうか。徐々にリンが変わっていく様を愉しんでいたのかもしれない。 初めて彼を受け入れた時のことを思って、リンは本気でほっとした。初めて指を入れられた時に受け入れさせられていたら、相当酷い目に遭っていたと思う。初めてキスをした頃だったりしたら、更に身体も小さかったから、想像もしたくない。酷いトラウマができて、セックスどころかシキにすら生理的に怯えてしまうことになったかもしれない。 「……っ。う、はあっ」 深々と貫かれる衝撃に息を詰まる。反射的に強張った身体をシキは気遣わない。多少挿入をし辛くなったという程度の認識だろう。内側の抵抗に更に躍起になって挿入されかねないので、リンは意識して息を吐いて力を抜いた。 「う、ん……っ」 内側の締め付けが緩んだのを察して、シキが更に自身を打ち付けてくる。 「ちょっ……待っ……」 もう少し落ち着くまで待ってもらえたら、リンはこんなにも痛くて苦しい思いをせずに済むし、シキも少しは楽だろう。実際内側にある彼自身をグイグイ締め付けてしまっている自覚がある。 「痛……っ」 「……っ」 案の定、心なしか苦しげな息遣いを聞いて、やっぱりと思う。 そもそもシキがいけないのだ。最近は家を空ける日が多く何日も帰ってこないので、当然リンとのセックスもその間は空いてしまう。頻繁に開かれていても、身体を繋げた瞬間は快感よりも痛みや圧迫感の方が強いのだ。期間を置かれると、尚更内側がきつくなってしまって受け入れるのが辛い。それなのに、シキはリンの事情には全く構ってくれない。 「はあっ、ああっ」 よく堪えたよなあ。 幼い頃の健気なリンは、大好きな兄が自分に酷いことをするはずがないという思い込みだけで、痛みと衝撃に翻弄される嵐のような時を耐え抜いたのだ。 ってゆーか、俺ってバカ? ま、その甲斐あって今は良い目も見られてるんだけど。 無理やり慣らされた先には、どぎつい快感があった。今はちゃんとそれを知っているから、これは堪える価値のあることだと思っている。 「は……んっ。ん?」 シキの動きがピタリと止まった。リンは内臓が熱く爛れているのを感じながら、のろのろとシキを見る。 「何を笑っている?」 「……え?」 自分が笑っていた自覚はなかった。一瞬シキが何を言っているのか分からず、キョトンと目を見開いてしまってから、思い当たる節を見付けて頬を緩ませる。 「ん……ちょっと思い出して」 「余裕だな。他のことなど考えられないようにしてやろうか」 「良いよ。兄貴のソレ、シャレになんないし。大体思い出したのって兄貴とのコト。集中してないワケじゃないって」 リンは慌てて言い訳をして、苦笑いをした。 本当にシキのやり方は洒落にならない。普段でも一般よりかなりハードだと思われるセックスを、彼が意図的にハードにしたらどうなってしまうのか、リンは考えるだけで身震いしたくなる。 「大体、いつもも余計なコトなんか考えてる余裕なんかないよ」 余裕があり会話を交わしていられるのは初めの内だけで、行為が進むとリンの理性は完全に失われた。昇り詰めて、尚追い詰められ、喉が涸れるまで喘がされ、プライドも忘れて意味も分からず泣きながら懇願し、やがて苦痛と快楽とで神経が焼き切れる。 「初めてしたキスとか、悪戯をされたコトとかさ……んっ」 突然シキが噛み付くようなキスをしてきた。内側に深々と受け入れた彼の角度が大きく変わり、内臓を押し上げられる。 「う……っ」 無意識にシキの上腕を掴み、押し返そうとしたが、密着した身体は離れない。吐く息すら吸い付くさんとばかりに、唇を貪られ、もうこれ以上はないというくらいに呑み込まされた彼で短く太く揺さぶられる。 嫉妬、とか? あり得ない思い付きに、リンは笑ってしまう。シキが嫉妬、それも過去の自分になど、思考回路が乱れまくっている今くらいしか思い付けない考えだろう。 「あっ……う、うっ……」 ストロークが長くなり、打ち込まれる衝撃が強くなる。その度に意識が途切れ、いつ、そのままドロドロの溶岩の中に呑み込まれてしまっても不思議でないと思う。 壊れ……る。 こんなにめちゃくちゃに突き上げられて、自分の身体が無事に済むとは思えない。内臓がイカれてしまうに違いない。身体の中が熱くて、内側のありとあらゆるところから血が噴き出しているような気がする。 「うあっ、あっ……あっく、うっ」 最早リンは自分が何をされているのか、分かっていなかった。襲ってくる痛みと、重なるように降ってくる底なしの快感。神経が破裂して、ただ圧倒される。自身が固く張り詰め、今にもイキそうになっていることにすら、気付けなかった。 「ひ……う、あ、あ……っ、あうっ!」 乱暴に前を掴まれて悲鳴を上げる。逆流した精液が、体内を駆け巡り脳天を直撃した。 「あ、兄……っ」 何とか見開いた瞳に、シキの顔を映す。涙で曇った瞳にその人形のように整った顔を見付けることはできなかったが、真っ赤な瞳は鮮やかに映った。 |