死ぬんだなと思った。
 雨の中失われていく体温。指先、爪先、身体の先端から冷たくなってくる。冷たさを通り越して徐々に感覚が失われていき、もう動かせる気もしない。
 リンは、今の戦いで勝利こそ収めたが、それはただリンの方が長く立っていたというだけの話で、実際には相打ちと言うのだろう。
 だが、満足はしている。これまで彼を殺すためだけに生きてきた。このトシマでイグラという馬鹿げた殺人ゲームに参加したのもそのためだ。
 死んだ――――よな。倒したんだよな。
 地面に伏した身体を確認しようとしたが、意思に反して腕は動かず、身を起こすどころか、首をもたげることもできなかった。
 死ぬな。
 覚悟というほどでもなく、知覚として、ただ何となくそう思った。
 それも良いか。
 彼を倒した今、リンにはもう何もない。これを機に全てを水に流して新しい人生を始めることができるほど、過去の記憶は軽くはなかった。
 このまま瞳を閉じて二度と目覚めずに済むことに安堵すら覚える。
 ――――俺、もう。
 疲れ切り眠りに落ちる時のように、意識がぐっと闇に引き込まれる。頬を叩く大粒の雨。もうそれを冷たいとも不快とも感じない。
 ――――と、不意に雨粒がなくなった。
「オイ!」
 肩を激しく揺さぶられ、うつ伏せになっていた身体を抱き起こされる。うっすらと目を開くと、誰かが覗き込んでいるのが分かった。
 目が霞んでいて、顔の造形がよく見えない。顔の形の肌色とそれを覆うオレンジ色が、黒い胴体の上に一筋だけ垂れている。
「トモ……ユキ?」
 ただ一人思い当たった人物の名を口にして、リンは薄く笑った。
 彼がここにいるはずがない。
 第三次世界大戦後、東西に分かれて復興したニホンには、政治機能が二つある。互いに体制を整えることのみに注力していた時期が過ぎて、どちらがニホンを制するのか、境となるトウキョウを挟み睨み合っていた。その均衡が遂に崩れたのだ。
 開戦すれば、トウキョウは完全に封鎖される。住人たちは一刻も早く、東西どちらかのニホンに入る必要があった。
 トモユキが、いかに執念深く仲間たちの敵とリンを付け狙っているとはいえ、今はそれどころではないはずだ。こんなところをまだウロウロしていて、リンを見付けて屈んでいるはずがない。
 もしかして、夢か?
 朦朧とした意識がトモユキの幻覚を見せたのかもしれない。
 リンが最も執着していた男、シキはこの手で倒し、近くに転がっている。一緒に行動していたアキラと源水には先に行くよう伝えたし、実行していると思う。彼らが確実にここにいないことを知っているから、無意識が彼を呼び出したのだろう。確かに、トモユキが今どうしているのか、根拠となる情報がない。
 どうせなら、もっと別のヤツ思い出せよ、俺。
 小さく呟いて、自嘲気味に唇を歪める。
 トモユキを思い出したところで、最期に良い思いをできそうな気がしない。最後まで仲間に誤解されたまま命を落とすのだと、悔やみながら逝くことになるだろう。
 ああ、でも逆に――――。
 この幻がリンの言い分を聞き入れてくれたなら、例えそれが幻覚だと知っていようとも、安らかな気分になれる。そんな気がする。
 ふわりと胸が軽くなって、リンはトモユキらしき塊に尋ねた。
「何……で、いん……だよ」
「喋るな、寝てろ」
 幻覚は、リンが期待することを言わなかった。声も穏やかとはほど遠く、最近の記憶と変わらず不機嫌でぶっきら棒だ。
 何でこんなに忠実に再現するかよ、俺。最期に心安らぐ夢を見たいなら、もっと都合良い彼を思い描かなければ駄目だ。
 リンは、口元を歪めた。
To be continued