「撃てば?」 挑発された男が引き金に掛けた指に力を入れる。騒がしかった周囲がシンと静まり返ったその瞬間、男の声が響いた。 「おーっとそこまでだ」 ギャラリーの間から現れた男は、とても戦うタイプには見えない。ボサボサの髪に無精髭、よれたシャツに茶色のスラックス、銜えタバコでのんびり歩いてくる。勿論その胸にタグは見当たらない。 「何だ、オッサンか」 「今日はいつになく虫の居所が悪いじゃないか」 「つまんない言いがかりを付けられたからね ってゆーか、俺十分高揚してるけど? こういうアソビ、嫌いじゃないんだ」 リンが手の中でスティレットを回す。 「何だ、テメー」 突然の第三者の出現にすっかり存在を無視されていた男は、声を荒げた。未だ銃を構えたままだが、リンを狙ったものか新たに出現した男を狙ったものか、左右に揺れている。 「ああ」 いかにも軽蔑し切った顔で何か言おうとしたリンを遮って、現れた男が彼らに向き直った。 「頭悪いねー、お前ら」 「何だと?」 「倒れてるヤツら、偶然なんかじゃないって分かってるだろ? これだけの人数を一発でのせるヤツを怒らせて、本気にさせたらどうなると思ってるんだ?」 緊迫感のない声だ。だが、内容は的確で、ラインで狂った男たちを動揺させる。 「幸い、お前たちとのイグラは始まっていない。止めておくってのも、結構良い選択肢だと思うぜ?」 彼ののんびりとした口調に、男たちが顔を見合わせる。 彼が言う通り、相手は少女のような顔をしているとはいえ、仲間七人を一発で倒すような者だ。まだ本気でないと言われれば、また自分に向けられた銃口に顔色一つ変えないどころか、更に挑発までしてくるところが、その自信の裏付けとも取れて、底知れぬものを感じる。 「ちょっとちょっとちょっと、オッサン。水差さないでくんない?」 「ああ、悪いな。俺もヒマではないんでな」 「あー、約束ー! ゴメン、さっきまでは覚えてたんだけど、コイツらに絡まれちゃって」 源泉は、約束していても捕まりにくい男だ。完全にすっぽかしてしまったリンがこうして彼に会えたのは、運が良かったとしか言いようがない。 となると、ますますどうでも良い理由で足止めを食わせてくれた彼らに、それなりの報復をしたいところなのだが、チラリと彼らを見やった時には、彼らは聞こえよがしな舌打ちをして、身を翻したところだった。 殺す! スティレットを構えて、跳躍する。予想通り、黒いコートの裾が舞い、白刃が煌いた。 キン! リンは彼の刀を受け止めようとはせず、逆にその勢いを借りて前方、振り向いたシキの死角へと跳ぶ。着地はほんの一瞬、その一蹴りで再び彼の後ろに迫る。 「フン」 どんな者でも、剣を振り下ろせばそこで動きが止まる。力を込めれば込めるほど、硬直時間は長い。だが、シキは常識を超える速さで体勢を立て直し、真っ縦に構えた日本刀で、リンの攻撃を弾いた。 「ちっ」 リンはシキの真横を擦り抜けると、持ち前の素早さを活かし再び着地の反動を使って逆サイドから切り込む。 「うっ」 カラン、カラーンッ。 高い音を立てて、スティレットがアスファルトに転がった。正確に急所を突いてきたリンの右手を、シキが剣を持っていない方の手が掴んだのだ。 手首が折れそうに掴まれ、握力を無くした手がスティレットを取り落としたというのに、リンは果敢にも左手のスティレットで攻撃に出た。 至近距離の戦いに長さのある武器は適していない。シキは愛用の日本刀を手離し、迫ってきたリンの左手を難なく掴んで止めた。そして、その鳩尾に容赦なく膝を入れる。 「うあっ!」 リンの小柄な身体は宙に浮き上がったが、両手をシキが掴んでいるので飛ばされはしない。落ちてきたところを再び蹴り上げられる。 カラーンと左手にあったスティレットもアスファルトの上を転がった。 「ぐふっ」 「五年待てと言わなかったか?」 「オイ」 「あ……」 快楽に潤んだ蒼い瞳が、きつく頬を張られて焦点を結ぶ。だが、リンは既に追い詰められ過ぎていて、思考の靄が晴れるまでには至らない。瞳に浮かぶのは、更にこれ以上を要求されるのかという、怯えだ。 「出せ」 「……」 「出せるだろう? それとも入れておきたいのか?」 リンは激しく首を振った。 こんなものを入れておきたいはずがない。シキの前で自身に触れろというのが、回転の悪い思考でも屈辱的に感じたが、断って更に酷い状況に追い込まれる可能性を思うと、従わざるを得ない。 シキに導かれて、下肢へと手を伸ばす。 「……っ」 恐る恐る触れたそこは、思ったよりも傷付いていた。自身の指だというのに、電流のような痛みが走る。労るようにそっと押さえて、やっと感覚に慣れた。 そろそろと指を入れようとすると、入口がだらしなく口を開けている。不安を覚えたが、すぐにその事情は知れた。 良かった……。 意外にも、関節一つ分も入らない内にガラスのツルリとした表面にぶつかった。それが入り口近くにある所為で、リンの秘所は閉じようがなかったのだ。 もっと深い位置にあると思っていたのでほっとするが、次の瞬間には失意に暮れた。それは隘路をみっちりと塞いでいて、とても指で摘み出すことができない。 「どうした?」 「……っ」 何とか押し出そうと腹に力を入れると、苦しさと湧き上がる快感に喘ぎが漏れる。 「はあっ……は、あ……く」 必死で押し出そうとするが、めいっぱいまで下肢を押し開いている異物はなかなか動こうとしない。片手では足りないと、両手を使って懸命に入口を押し開く。内側で主張するものが痛いのか、それとも自分で開いたのが痛いのか、分からない。ただ出してしまわなければ、この苦痛は永遠に続く。 「はあ、はあ、あ、……ああ」 酷い痛みと眩暈がするような快感を伴いながら、一つ目がゆっくりと顔を出した。楕円状の太いところを通り抜けると、今までの苦しさが嘘のようにツルリと中から滑り落ちてくる。 ボトリ。 赤く染まったガラスに、シキが目を細める。 「あと二つ」 「……いい加減にしろよ。お前見てると、イライラする」 「……っ。俺は……っ」 ピシリ。 ケイスケの心にヒビが入った音を聞いたような気がした。あっと思った瞬間には、ケイスケが立ち上がり、制止の声よりも早くホテルを飛び出していく。 「ちょっ……! 追わないと……!」 「待て!」 咄嗟に後を追おうとしたリンの腕を、源泉が掴まえた。 「何だよ、オッサン!」 追うのならば、ほんの数秒でさえ命取りだ。夜は視界が悪い。ほんの一瞬で見失ってしまう。 「いくらお前でもこの時間に走り回るのは危険だ。分かってるだろ」 「だって、じゃあ……! ケイスケはどうすんだよ!」 「……」 明らかにケイスケより強いリンが危険ならば、ケイスケにとってはもっと危険に違いない。源泉もそれを知っているから、答えられずにいる。 アキラ……。 ケイスケが出ていってしまって、恐らく一番傷付いているのはアキラだ。憤りのあまり、今は追う気にならなかったとしても、必ず後悔することになる。 トシマの夜は甘くはないのだ。誰もアキラとケイスケの事情になど構ってはくれない。これを最後に二度と会えないという可能性も十分にある。 二度と、本心を伝えられない可能性が……。 「……ほっとけよ」 「……何だよ、その言い方……。お前ら、友達じゃないのかよ!」 カッとして叫んだ後、リンは熱くなっている自分に気付いて、唇を噛み締めた。 間違ってる。 俺は、こんな心配をすべきじゃない。 心配するべきはAの行方。 でも……。 硬い表情のまま座っているアキラをチラリと見やる。 アキラはそろそろ頭が冷えてきている頃だ。ケイスケに言ってしまったことが身に染みてきている。 こんな特殊な状況でなかったとして、明日ケイスケと会える状況だったとしても、辛い一晩となるだろう。だが、ここはトシマだ。 アキラの気持ちを思うと、リンは胸を掻き毟られる思いがした。 伝えたくても、もう伝えられない。 何をしても、何が起こっても、絶対に叶うことがない現実。 してもし足りない、後悔。 こんな切ない、気が狂いそうな思いを、アキラには味わって欲しくない。 ―――――絶対に。 「……とりあえず、少し休め。疲れてるんだろう。夜が明けたらケイスケを探そう」 源泉がアキラの肩にそっと触れる。 リンもアキラに何かしてあげたかった。だが、リンには無理なことだった。源泉が居て良かったと、本気で思った。 脚を大きく開かされ、持ち上げられた。宙に浮いた身体はより深くまでシキのものを受け止めた。揺らされる度に息が止まりそうで、その度に彼を圧迫する内襞を蹴散らす勢いで抜き挿しをされる。 「はあっ、は……ん、あっ」 リンの感じる場所を集中して責められる。視界が明滅して、何も考えられなくなる。半ば遠退き掛けた意識の底で、鋭い声を聞く。 「やめろっ」 リンにはその声が一瞬誰のものなのか分からなかった。それどころか現実でしたものという認識もなかった。 「何をしている!」 だが幻かと思っていた声と共に衝撃が走れば、我に返る。 「ア……キラ?」 数メートル先には、シキに突き飛ばされたアキラの姿があった。彼は非常に憤った顔でシキを睨み付けている。 「何……で、んっああっ」 シキが見せ付けるように腰を動かす。リンの感じる場所を正確に突き、甘い吐息を零させる。 「見……る、な」 「黙れ」 「ひいっ!」 「リン!」 乱暴に突き入れられて、リンはガクリと頭を垂れた。 「邪魔をするな」 アキラが猛然と突っ込んでくる足音。攻撃と撃退の衝撃。地面を何かが滑る音。 「くうっ」 アキラの短い苦鳴が届いた。 「お前……」 怒りに満ちた声に、シキが笑う。 「勝者の当然の権利だ。 尤も負けると分かっていて挑んでくるのだから、コイツは抱かれたくて来ているのかもしれんがな」 「何?」 「お前こそ何だ。コイツの新しい男か?」 「なっ」 「おとなしく見ていろ。終わったら解放してやる」 シキはリンの中にたっぷり自身を吐き出すと、己を引き抜いて身体を離した。壁に取り残されたリンは、ずるりとアスファルトの上に崩れ落ちる。 「リン!」 「フン」 堂々と背を向けるシキを、アキラはキッと睨み付けたが、今は崩れ落ちたリンの方が心配だった。 駆け寄って抱き起こすと、リンはうっすらと目を開いた。 「アキ……ラ?」 ただそれが限界だったらしく、薄く開いた目蓋が落ちた。 男のものを銜えさせられるのは勿論、青臭いドロリとした液体を顔に掛けられるのも、無理矢理呑まされるのも、吐き気がするほどおぞましいことだった。それなのに、何故かアキラにものは気にならない。 カズイに……似てるから? カズイじゃ……ないって知ってるのに? リン自身にもよく分からない。アキラと本気で身体を重ねたくて、こんなことを始めたわけではない。彼に突き放されることを期待してのことに及んだ。それなのに、今は本気で興奮している。突き放される瞬間を怖いと感じている。 バカな。 戸惑いを覚えつつも、熱心に彼を舐め上げる。ずっぽりと口で銜えて、吸い上げながらゆっくりと引き抜く。 「……ん、む……」 アキラの腰がピクピクと震えた。 感じてる……。 リンはより熱心に同じ動きを繰り返す。アキラが更に大きさを増して、口の奥まで含むと喉を突いて苦しい。だが、止めない。止められない。 「……、は……」 ココ。 アキラの上擦った声が耳を突く。確かめるように同じ場所を舌で舐め上げると、同じ声がまた漏れた。 「……ん、……ん、う……」 唇と舌とで反応の良い場所を責め立てる。 「……ッ、……やめろ」 アキラの声は弱弱しく、とても本気で拒否しているようには聞こえない。リンは再び口を離すと、唇から滴った唾液を赤い舌先で舐め取り、更に手の甲で拭った。 「我慢しないで、とっとと突き飛ばせば良いのに。馬鹿だな」 |