あの頃は見上げていた彼の目線の高さがほぼ同じに――――いや、今は少しリンの方が高いかもしれない。彼の肩を抱こうとすれば、上に伸ばしていた手を下に伸ばすことになる。
 不思議な感覚。
 彼の両肩を取って、自分の方に引き寄せる。リンは背が伸びただけでなく、華奢だった身体も随分逞しくなっている。今や腕の中に収まるのはアキラの方だ。
 時間が――――流れたんだな。
 力を込めてぎゅっと抱き締めると、アキラが一度は浮かせた手をどうしたら良いのか戸惑っている。そんな仕草にも、懐かしい気持ちが込み上げた。
「来てくれてありがとな」
 心の底から湧き上がってくる気持ちを言葉にすると、強い思いが込み上げてきて、更に腕に力がこもった。その気持ちが伝わったのか、中途半端に浮いていたアキラの腕がリンの背に回る。
 その瞬間、突然凄まじい殺気が店内を突き抜けた。
 殺気の主を確認したアキラが息を呑む気配を感じて、リンは苦笑いをする。



 リンは両手を後頭部で組み合わせて勢いよく背もたれに背中を預けた。ガタンと行儀悪く椅子が鳴る。若干勢いが強過ぎた気はしたが、バランスが取れないほどではない。実際シキとアキラの目に危険に映るとは思ってもいなかった。
 それなのに、鋭い声と共にアキラが突然立ち上がる。
「リン!」
「え? あ……っ」
 行き過ぎた!
 予想外のアキラの反応に気を取られたせいで、椅子が大きく傾いた。
 テーブルに片手を突いて、アキラが手を伸ばす。だが、重力がリンを引き寄せる方が一瞬早く、差し出された手が空を掴む。
 倒れる!
「?」
 そのまま倒れていくはずの椅子が、突如止まった。
「あれ?」
 体重を前に掛け直しても床に突かない椅子の足を覗き込んで、もしやと後ろを見やると、シキの右手が椅子の背を掴んでいる。
 シキは一連の出来事に焦った様子もなく、右手を出している以外は、先ほどまでと変わりなく座っていた。
 ――――馬鹿力。
「サンキュ」
 黒い布地に隠された一見スマートな腕は、今硬くて太い筋が浮き上がっている。無駄な肉が付いていない無骨な腕は、同じ男であっても……いや、同じ男だから見惚れる。それも、愛しい者のものであれば尚更だ。
「も、大丈夫」
「――――」  シキが何も言わず、椅子を元の位置に戻した。
 脈が少し速くなっている。シキに触れたい気がしたが、ここは一応は営業中の店で、しかも前にはアキラもいる。他人の前での愛情表現を恥ずかしく思う方ではなかったが、シキに甘える姿を見せるのは平気でも、彼に自分を委ねている様を見せるとなると、プライドが邪魔をする。
 気恥ずかしさを覚えながら、素知らぬ顔でアキラに向き直った。
To be continued