「すみません、皆さんお待たせしました! あれ? 母さんは?」
 パーティというのは、皆が揃って乾杯をしなければ始まらないのに、何故か錫也の母親だけがやって来ない。
「俺、呼びに……」
 呼びに行こうと中腰になった錫也を、隣に座っていた哉太がぐいと下に引いて止めた。
「大丈夫だって、じきに来るから」
「?」
 先ほどまでキッチンで一緒にいた哉太と月子の母親ならともかく、何故リビングに座ったままだった哉太がそんなことを言うのか。不思議に思いつつも、早くという気持ちが先に立って、キッチンに声を掛ける。
「母さん! 皆待ってるよ」
「はいはい、今」
 母親はキッチンを離れていたわけではなかったようだ。もしくは今戻ってきたところなのか。いずれにせよすぐにも彼女がやってくることが分かって、ほっと座り直そうとした錫也は、目の端に彼女ではない人を見付けて、中腰で上半身をねじ曲げた不自然な格好のまま固まった。
「――――え?」
「Joyeux Noel !!」
「ええっ?」
 キッチンの扉から現れたのは、錫也の母親とは全く違う人物だった。
 スリムな身体に端整な顔、癖のない赤い髪に不思議な色をした瞳――――。
「ほら、真打ち登場」
「テメー、さっきから。バレちまわないかヒヤヒヤだったんだぞ」
 哉太と父親の小競り合いが、先ほどよりずっと明るい声で始まったが、錫也の耳には入らない。
「羊――――何で、ここに。お前、アメリカに……仕事は」



 羊は形の良い眉を少しだけ寄せたが、すぐに元の笑顔に戻って、錫也の手の甲に自分の掌を重ねた。程なく、肩と腕とをぴったりと重ね合わせるようにして体重を掛けてくる。
「会いたかった」
「オイ、羊! てめえっ! 俺たちもいるのに、そ、そ、そんなこと!」
 悲鳴じみた声を上げる哉太に、羊はピクとも反応しない。身体をひねって、ぴったりと密着している腕とは反対側の手を錫也に伸ばしてくる。愛しげに頬に触れてくる仕草に、錫也は目眩と動機が速まるのを感じた。
「――――羊」
「どうしたの? 照れてるの?」
 部屋には、哉太と月子もいる。それなのに、羊はあまりに大胆ではなかろうか。これが、彼がよく零していた両親が羊の存在を忘れてしまうという、フランス流の愛情表現なのか。
「錫也。何考えてるの?」
 羊が不満そうな顔をして、錫也の両頬を掌で包んだ。そのまま顔を寄せられる。つまり、自分以外は見るなということか。
「――――羊」
「俺らっ」
「きゃ」
 哉太が堪りかねて、急に立ち上がった。どうやら月子も無理矢理立たされたようだ。流石に羊も二人を振り向いたが、それは動揺したというよりも、単に何が起こったのか確認したといった風情だ。
「俺ら、そろそろ帰るわ」
「え? もう?」
「え? もう? じゃねえだろ。一番邪魔だと思ってるの、お前のくせに」
「僕は全然邪魔だと思ってないよ?」
 しれと言う羊に、哉太が大きくため息を吐いて肩を落とした。



 掴まれた両肩が痛いのか、それとも息ができなくて苦しいのか、羊が錫也の身体を押し退けようとした。
「!」
 羊が錫也を拒否したわけでないことは、頭では分かっていた。だが、反射的により固く羊の身体を抱き締めてしまう。
「ん、錫也っ?」
 錫也のただならぬ様子に、羊が驚いて目を見開いた。
 この――――。
 羊が驚くのは当たり前だ。それも分かっている。だが、今の錫也には拒否されたと感じてしまい、思考するよりも早く羊の身体を勢いよく押し倒した。
「錫也っ!」
 何度めかの悲鳴じみた声も、錫也の心には何ら響かない。憤る気持ちとは裏腹に、硬い声が唇から滑り出る。
「羊、俺のことが好きなら――――その手を離してくれないか?」
To be continued