「何やってるんだろ」
 今まで誰とでも上手くやれていたわけではないが、社交性がないわけではない、と思う。少なくとも人間関係が上手くいかなくて困ったことはなかった。
 ――――いや。
 興味を持てない人がどう思おうと気にしない自分を思い出して、梓は顔を顰める。更に、思い返してみれば、自分から近付きたいと思った人がいただろうか。
 本当に社交性あるんだろうか……。
 きゅっと拳を握り締める。何事も弱気になっては上手くいくものも上手くいかなくなる。
 大丈夫。たかがまだ数日じゃないか。夜久先輩の話では、羊先輩が編入してきてから随分長い間、哉太先輩との間でトラブルが絶えなかったそうだし。逆に、そのお陰で絆が深くなったように思えるとも言ってた。
「よし」
 顔を上げた梓は、いつもの勝気な一年生に戻っていた。



 珍しく羊に視線を向けられ、梓はドキリと心臓が拍つのを感じた。
 我ながら、心底羊に惚れていると思う。
 羊のことが気に掛かる。ほんの少しのことが気になって、ほんの少しのことなのに、心が大きく浮き沈みする。
 羊は同性だと分かっている。女性と見紛う繊細で端正な顔の造りだが、女性と間違ったことはない。初めて見た時から制服姿だったのだし、この学園に女生徒は月子しかいないのも知っていた。
 恋愛感情だと感じたのは勘違いかもしれないと頭を掠めることはあったが、冷静に考えるほどにその可能性の方が高いと思ったが、だがやはり勘違いではない。今の胸の高鳴りが、好きという感情でなければ何なのか。
 じっと見詰める梓に、羊が少しだけ眉根を寄せる。



「料理って……すごく大変なんだね。知らなかった困ったな。こんなに大変だと分かってしまうと、気軽におねだりできなくなってしまう」
「それは気にしなくて良いと思いますよ。錫也先輩、先輩方がおいしそうに食べるのを見ているのも趣味のように見えますし」
「良かった。錫也の料理はおいしいからね。食べられなくなったら大変だ」
 羊が普段の錫也の様子を思い出しながら頷いて、大真面目な顔をする。羊が食べ物の話をしていることは分かるのだが、そして錫也が梓にずっと手助けをしてくれていることに感謝もしているのだが、彼を褒める言葉を聞くと羨ましくなってしまう。
「あれ? どうしたの?」
「いいえ、何でもありません」
 梓がどんなに羊のことを好きだとアピールしても、普段はちっとも気付かないのに、何故こんな時だけ気付かれてしまうのか。
 確信犯じゃないかと疑ってしまいますよ。
 むしろ、確信犯であってくれた方が楽だ。まったく脈のない人を押しても引いてもどうにもならないが、分かっていて知らない振りをしているのなら攻略法もある。
「羊先輩――――」
「ん?」
 羊がまるで無防備に答えるので、梓は肩を落としてしまった。
To be continued